2018.12.06

そうなんだね。

こんにちは。浜松市南区の自転車屋さんbicycleNOUERCAFEです。

 

NOUERCAFEは、もちろん自分の暮らす街でという想いもありながら、にぎわいが少なくなったこの高塚町という街で地域に根を下ろして暮らしに溶け込みつつやっていこうと、少し建物の影に入った場所で営業しています。

 

自転車の修理はもちろんのこと、忙しい毎日の中でもスローな時間を過ごしていただけたらと想っています。ちょっと顔を見て、おしゃべりして、自分だけの時間を作っていただくのに使ってもらえたら、それで私は、うれしく想います。

 

さて、近頃は天候が原因で体調を崩す方が多いようで、メディアでもよく取り上げられています。今朝のウェザーニュースでも”お天気うつ”というものが取り上げられていて、低気圧の影響を大きく受けるのだそうです。自律神経に作用するんでしょうね。

 

私たち人間も、生き物ですから、そういうこともあるのでしょう。

 

近年、医療が発達してきたせいか、『〜〜〜症(候群)』のような病名をよく見かけるようになりました。先日お友達とそんなお話もしたのですが、どんなに小さなことでも何かしら病名をつけないと気が済まないような、少し窮屈な感じもします。もちろんそれによってきちんとした治療を受けることができて、症状が改善され、当事者のQOLが上がることはいいことです。

 

ただ、それ(何かしらの診断が下されていること)が当たり前になって、今度は、何かちょっと体調がすぐれないとか、ちょっと苦手な環境や物事があるとか、そういう一人ひとりの違いを、『そうなんだね』で受け入れることのできない。不寛容で(みんなと同じでなければいけないというような)同調圧力の強い世の中になっているような感じもするのです。

 

『みんな違って、みんないい』という有名な詩があります。一人ひとりが少しづつ違うのは当たり前で、『そうなんだね』で、『体に気をつけて』『無理はしなくていいから』(この言葉も最近はパワハラになるそうですね)『じゃ、こっちの仕事なら頼める?』とか、コミュニケーションを取りながら柔軟にやっていくことが苦手な社会になっている気がするのです。

 

大人の発達障害というのも、そうですよね。みんなちょっとづつ苦手なことはあります。自分と同じでは決してありません。組織運営も同じですが、分かるだろうでは、決してうまくはいかないのです。

 

顔の見える関係性というのは、だからこそ、大事にしたいと想うのです。

 

おでこに『仕様諸元表』を貼り付けてるような(だから表情は見えない)仮想社会の絵図を想像してみてください。気持ち悪いですよね。(変な事言ってすみません。こういう変わった事を想像してしまうのが、どうも私の癖のようです。)

 

今週末は、寒くなるそうです。NOUERCAFEは、薪ストーブでその寒さも楽しませてもらいます。このままの暖冬がもし続いてしまったら、来春のお花はきれいに咲くのかしら?などとも心配してしまいます。みなさま、お体に気をつけて。