2019.01.16

大丈夫だよ

こんにちは。浜松市南区の自転車屋さんbicycleNOUERCAFEです。

NOUERCAFEは、私が『みんなの場所』とうたって運営してます。こんな場所でありたい、という私自身の想いだけでなく、こんな場所であってほしいというお客さまの想いも受け止めながら、歩んでゆこうと考えます。

限られたリソースを使い回しながら、少しづつではありますが。

さて、昨日の日経夕刊からのお話です。

日経夕刊には『プロムナード』というコラムがあります。このコラム、私は大好きなんです。何ということはないお話もありますが、時にハッとさせられる言葉に出会ったりします。

世論(せろん)に迎合するかのような、記者の書いた記事など、近年もはやどうでもよくて、好奇心も知性も刺激されない雰囲気なのに対し、作家や文化人などいつも自分の頭で世の中を見て考えている人たちの言葉は、面白みにあふれています。

で、昨日の、美学者と表されている伊藤亜紗さんのお話の最後に、こう書いてあったんです。

『過剰な介入はしないけど、安心して生きていて大丈夫。そう思える雰囲気こそ、この街が聖地たるゆえんなのかもしれない。』

不勉強で知らなかったのですが、バークレーは障害者運動の世界的な聖地なのだそうです。そこでの「CripTech」という国際会議に出席した時のエピソードが背景です。

この、『安心して生きていて大丈夫』という言葉、雰囲気。これこそ、現代社会ならびに日本社会に足りていないものではないでしょうか。もしもですよ、(私なんて)生きていたってしょうがない、なんて思って暮らしてる人がいるとしたら、そんなに辛いこともないと想うのです。

前に、オランウータンの研究をされている方の言葉をひいて、母子は社会の中で生きなくてはいけない、というお話を書きましたが、それとつながりのある話でもあると想います。今日もどこかで、疎外感や孤独感と向き合いながら生きている人がいるはずです。不安で押しつぶされそうになっている人もいるかと想います。そんな人たちに、大丈夫だよ、って言葉をかけてあげられる社会でありたいと想います。

こういうことを言うと、無責任な事を言うな、というような批判が返ってきそうな気もしますが、でも『言葉のちから』ってとても強いものだと私は想います。何を持って大丈夫なのかは分からなくても、相手を想う気持ちがあれば、それは必ず心に届く、そう信じたいです。

生きていていいんだ。(私でも)誰かの役に立ってるんだ。誰かの幸せにつながってるんだ。そう思える社会でありたいと想うのです。そうして、それが自分の幸せにつながるように。そう願いたいと想います。

微力ながら、NOUERCAFEも、そういう場所でありたいと、あらためて思い直す機会となりました。

今度、この方の著書も読んでみたいと思います。