2019.02.01

自由の意味

こんにちは。浜松市南区の自転車屋さんbicycleNOUERCAFEです。

NOUERCAFEには『SORA』と名付けたデッキテラスがあります。東側にあるので、朝は陽光がさんさんと降り注ぎます。例えば、今日のように雨上がりで西風が強い朝は風を避けるようにして大きな窓に背中合わせで座ると、案外暖かいです。カップを手で包み込むように珈琲を飲みながら、冷たく澄んだ冬の空気を味わうのも悪くないです。

さて、日経電子版に掲載されるフィナンシャルタイムズの記事で、ドイツのアウトバーンのことが取り上げられていました。いわく、規制好きの国において、アウトバーンだけは例外で速度規制の導入には毎回悲鳴のような反対の声が上がる、というような内容です。自動車作りにおいては伝統国であり、かつアウトバーンで速度無制限を享受することはストレスから逃れ一時的とはいえ自身を解放する機会である。と。

なるほど。

実際には、事故や環境の問題なども含め速度無制限区間は減ってはいるそうです。

私は、この記事で触れていないことが、ひとつあると思っています。

それは、速度無制限という自由を尊ぶ背景に、それが果たされるための責任を全員が負っているということです。全員というと言い過ぎかもしれませんが、少なくとも多くの利用者が快適に走るための『ルール』を尊重しているはずです。でなければ、たちまちレーンは渋滞し、重篤な事故が多発するはずです。

実際には、200km/hとかいう速度を出す人はまれで概ね130km/h程度で走る人が多いという話も聞きます。

これはあくまでも一例ですが、この話をしたのは、自由で快適な暮らしを得るために、自身が果たすべき責任はどこにあるのか、といったことを、私たちの多くが忘れているような気がするからです。

私は、実をいうと『報道の自由』とか『表現の自由』あるいは『知る権利』とかを大きな声で叫ぶ人が嫌いです。それを否定はしません。人権でもあります。けれど人間社会、『大人の事情』というグレーゾーンがあちこちにあります。これを認めないのは『遊びのないハンドル』みたいなもんです。その自由・権利を行使するに適当な『責任』をあなたは負っていますか?負えますか?という疑問がいつも脳裏をよぎります。

知ってはいけない(教えちゃいけない)、言ってはいけないことも、やっぱりあるのが世の中というもんでしょう。

さて、私は何が言いたかったのでしょう。

もっとエレガントな文章がかけるように勉強を積まなければいけません。