2019.04.05

『令和』に思うこと

こんにちは。浜松市南区の自転車屋さんbicycleNOUERCAFEです。

世間のお祭り騒ぎがひと段落したところで、元号に関する話題です。

先ず発表当日聞こえてくる街灯の反応を見聞きして感じたこと。

それは、すでに多くの国民にとって、元号と天皇制とが切り離されているように感じたことです。ちょうど、ミレニアム元年の時の光景が思い浮かびました。きっとそういう感覚なのだろうと。

そう思うと、元号は廃止されても、などとも考えます。時代ごとに分けて呼びたい場合は、天皇の名前をとって(例えば平成は『今上』の時代)読んでも差し支えないように思います。その方が余計な詮索をされずにすむようにも考えますが。

で、『令和』と聞いて私が感じたことを書きます。

薪割り作業をしているところに甥がメモに書いて教えにきてくれたのですが、その甥の声を聞いて最初の感想は、語感が涼やかでいいな、というものでした。

出典云々のことは歴史学者に任せておいて、私は『令』という文字に、規律の乱れが目立つ世界を鑑みて、姿勢を正せを言われているような気がしました。人として、守るべきを守る。そういうこと。また『和』については日本らしいと。大和の国ですから、日本人には馴染みが良い文字です。

ただ『和』を、横並び意識に繋げないようにしたいとも思いました。未来を元気にするためには、出る杭を打つのでななく、認めて伸ばすことが必要です。『みんなで仲良し』は時代に遅れています。『みんな違ってみんないい』を目指したい。

ただし、むやみに飛び出ていいというわけでもない。礼儀というか礼節というか、尊重すべき調和というものもある。

だから『令』『和』というのは、バランスの取れたいい言葉だと、私は考えます。

政府関係者が海外向けに発信した、beautiful harmony -『美しい調和』という語訳は、そう受け取れば、とても上手い説明だなと思います。

『美しさ』をどうイメージするかにもよりますが。

私は、この『美しい』という感覚。とても大切にしたいと思っています。英語にすれば、beautifulよりもelegantに近い感覚でしょうか。

尊大なセリフかもしれませんが、elegantな大人でありたいし、そういう生き方をしたい。そう思っています。そうでない時の方が多いとは思うんですけどね。