2019.04.20

道路交通の安全性について

こんにちは。浜松市南区の自転車屋さんbicycleNOUERCAFEです。

昨日の池袋での交通事故。本当に、胸のつまる想いです。残されたご家族の想いは如何許りか、想像も及びません。ご本人たちでさえ、言葉の見つからない出来事でしょう。

これほどに技術の発達した世の中で、なぜこうした事故が減らせないのか不思議でなりません。ご高齢者の事故ばかりではありません。自分勝手な、あるいはただ不注意な運転によって、毎日多くの方が犠牲になります。

もっともっと、『技術』と『仕組み』で対策を取るべきだと私は思うのです。運転は人のすることですから、その『技術』や『仕組み』を生かすも殺すも人次第ですが、それでも、もっと何かできるはずです。

例えばですが、高齢者であればこれまでの事故から学び、高齢者専用車を作ったっていいと思います。間違ってアクセルを踏み込んだって一定の速度でしかスロットルが開かないようにしてやれば、急加速はしません。近頃の人の運転は、アクセルをスイッチみたいに踏む人が多いように見えます。気のせいでしょうか?

高速道路は走行不可にしてもいいです。お買い物や通院などの近隣の移動に限定したっていいんじゃないでしょうか。速度だって50km/hでリミット掛けても大丈夫でしょう。そんな車、邪魔ですか?誰だっていつかは高齢者になるんですよ。不寛容はいつか必ず自分に返ってきます。

何よりも最新の自動ブレーキやレーンキープアシストなどの支援技術。カメラが高性能ですから、前方の信号機や道路標識を認識して運転を自動制御してもいいです。家庭の100Vコンセントから簡単に充電できる電気自動車にすれば、制御はよりしやすくなります。お買い物なら航続距離も短くて十分です。

何よりも、免許を取り上げられて外出出来なくなる暮らしに陥ることがない、というのが大事かと思います。タクシーだって、使い易いインフラとは、決して言えませんから。

自転車屋さんの視点で言えば、一旦停止を必ず守って欲しい。そういう場所での出会い頭の衝突が多いです。商業施設の駐車場などでは、出入り口のすぐ脇に視界を妨げる看板や標識、のぼり旗を立てないで欲しい。歩道を塞ぐ位置まで出ないと左右が見えないから。それが歩道上の衝突事故を招きます。

欧州などでは、住宅街の道路上に速度を落とさせる為の『ハンプ』を設けていますが、あれを一旦停止線に応用すればいいと思います。必ず止まるものだから、通過速度は最徐行速度になるはずです。停止線がかなり手前にあるのは、そこで止まってから、ジワリジワリと安全確認しながら再び前に出る、という運転を前提といしています。それなら車が跳ねることもないでしょう。だいたい、車両や荷物が傷むとかの『言い訳』は、人の命の前に何の説得力もないはずです。

ここまで書いて、ボーイングの737MAXの墜落事故を思い出しました。自動制御をどこまで優先させるか、というのは相当に難しい問題です。刻一刻と、かつ瞬時に変化する状況に対応する能力は、人がもっとも優れています。反応速度を除けばですが。

我が日本は、議論ばかりで実行が伴わない、そして遅い、という事をよく言われますがその通りかとも思います。とにかくやってみよう、という姿勢が弱いですね。加えて修正することを嫌う。修正しようとすると、誰が悪いのかと攻め立てはじめてまたそこで実行が遅れる。だから、石橋を叩いて叩いて叩いて、いつまでも渡らない。石橋を叩くのは大事ですよ。とっても。本当に大丈夫か?もしかしたら〜かもしれない。という安全思考は、とても大切です。

動物の命の仕組みも、植物の命の仕組みも、修正する力に優れています。私たち人間社会の仕組みも、もっと軽やかにもっとエレガントにそしてもっとダイナミックに、修正してゆく力が欲しいと思います。